渋谷 道玄坂 供養等

Posted on : 2012年10月11日 | post in : 東京 |Leave a reply |

江戸時代の道玄坂は、大山街道の一部として多くの人が往来していました。 当時の道玄坂は、現在の道玄坂から世田谷街道に入って松見坂まで広く呼んだものでした。 江戸中期頃より道玄坂とは専らこの坂を指すようになったのです。

坂上交差点にある樋口清之 元国学院大学名誉教授が書いた石碑には

渋谷道玄坂

渋谷氏が北条氏綱に亡ぼされたとき(一五二五年)その一族の大和田太郎道玄がこの坂の傍に道玄庵を造って住んだ。 それでこの坂を道玄坂というといわれている。 江戸時代ここを通る青山街道は神奈川県の人と物を江戸へ運ぶ大切な道だった。
やがて明治になり品川鉄道(山手線)ができると渋谷付近もひらけだした。近くに住んだ芥川竜之介、 柳田国男がここを通って通学したが、 坂下に新詩社ができたり、 林芙美子が夜店を出した思い出もある。これからも道玄坂は今までと同じくむしろ若者の街として夢を宿して長く栄えてゆくことであろう。
樋口清之  

この石碑のあるところからエクセルホテルのある駅ビルに向かうと、渋谷区の公開スペースがあります。 2011年5月現在、昔からの渋谷の変遷模型等が展示されていました。

渋谷って、もともと人の集まる場所ではなく、貨物駅として渋谷駅ができたところから、今の繁華街へのスタートをきったというのは意外なことでした。

 

*) 道玄坂供養等は、交差点の信号のところにあり、喫煙コーナーもあります。コーナーのはずが、かなり広いとこに喫煙者が拡がり、煙突も大きくなっています(泣)

 





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